第25回 写真『ひとつぼ展』審査会レポート
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第25回写真『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
『ひとつぼ展』史上初、審査会後の
オープニングパーティ中にグランプリ決定
■日時 2005年10月13日(木)18:10〜20:30
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2005年10月11日(火)〜10月27日(金)
「全体的に濃厚で力がある作品が揃った」「圧倒的な人がいないぶん難しい」
一般見学者の定員をはるかにオーバーし立ち見が出るほどの人で膨れ上がった審査会場。それぞれがこれから始まるグランプリ審査のことを考えているのか緊張した表情の10人の出品者。展示作品をチェックしてから審査会場の席に着く各審査員。約2時間半後には第25回となる写真『ひとつぼ展』のグランプリが決定し、この10人の中から、たった一人だけに一年後の個展開催の権利が与えられる。公開二次審査会は出品者によるプレゼンテーションから始まった。概略は以下の通り。
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細倉
私が写真を撮るとき、対象とその先にあるもの全部を見たいと思っている。それは、あるときは個人的なものであり、あるときは普遍的なものである。しかし、それらが交わって存在することで自分が写真を撮る意味があるのではないかと思う。私にだけ見える何かを捉えて、私にしか撮ることのできない写真を撮っていきたい。
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南口
新しいカメラを買ったのを機に、秋葉原へ行ってスナップ写真を撮った。作品出展の直前まで街のさまざまな風景を切り取った。とても魅力のある素敵な街だった。個展プランは、これからも初心を忘れずに頑張っていきたいという気持ちを込めて、郷里からいっしょに上京してきた10人の友人を中心に写真に収めて会場中を埋め尽くしたい。
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北山
知人のある一言がきっかけで、毎年ドイツのベルリンに通うようになった。これらは旧東ベルリン地区で撮った写真。急激に発展し変化を遂げるベルリンにあって、旧東ベルリンの過去を強く意識させる場所があった。この街が持つ重々しさ、冬の灰色の空、そこに住む人々。こんな場所を撮ろう、撮り続けようと強く思った。
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小山
「ストライド」というタイトルは「歩幅」の意。これらはすべて東京の、自分の足で行ける範囲で撮った写真。一枚一枚の写真を単独で見てもらうのではなく、全体の組み合わせの中から見る人なりにイメージを膨らませて、ストーリーを楽しんでほしい。固定概念を抑えた写真から詩的でグラフィカルなイメージが湧くと思う。
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増田
これは3年前、祖父が癌になってからの5ヵ月間に撮影した写真。なぜ、私は写真を撮るのか? それは、自分自身の存在を証明するため。自分自身の存在を証明していく課程そのものが写真的な出来事であり、一枚の写真は私の子供のような存在である。この祖父の病院での写真も自分のために撮影したもの。
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助田
レンズを向ける対象だけでなく、その先に見える他のものを撮りたいと思った。写真でしか表現できない何かを撮りたいと思った。本物の畳二枚を展示したのは、自分の部屋の一部を切り取ったイメージ。自分の部屋のような自然な空間の中に自分で撮った写真を置いて、見に来た人が驚くような何かを演出したいと思った。
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モモセ
私のまわりで死んでいった人がいる。また、妊娠し生まれてくる命もある。いろんな現実に立ち会って、私に出来ることは写真を撮ることだと思った。これから先、あとどれくらい美しい瞬間に立ち会えるかわからないが、いろんな命を撮り続けていきたい。個展プランは、妊婦さんの写真で会場をいっぱいにしたい。
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渡辺
東京モーターショウのコンパニオンを撮影しに行ったら、それを撮るマニアの人たちのほうが面白く見えたので、ここ2年ほど通って彼らを撮りためた。彼らがコンパニオンを必死に撮るように、私は彼らを真剣に撮った。彼らと自分はどこか共通するものがあり、写真を撮ることに必要なものを再認識し、勉強させられた。
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木下
ファインダーごしに見えるものを簡単な記号として捉えて写真を撮るようにしている。今回は知人を被写体に選んでいるが、その表情を撮ったものではない。色や質感といった余分な情報を排除するためにモノクロ写真で表現した方がいいと考えた。今回の展示では、明るくて、面白くて、どこか悲しい空間を作り出したいと思った。
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うつ
5年ほど前から撮っている食べ物シリーズ。見た目がダメだったり、考えただけでダメだったりして、私が食べられないものをモチーフにしている。写真を見た人の感覚に何らかの刺激を与える表現を目指した。私は現代美術が好きなので、個展プランは見る人が私の写真を通して何らかのコミュニケーションができるようにしたい。
10人のプレゼンテーションが終わって、審査員が全体の感想を語った。まず、大迫さんが「今回は全体的になかなか良かったんじゃないかな」と言い、後藤さんが「展示を見て、非常に力のある作品が多かった。濃厚な内容だった。将来の可能性で選ぶか、現状の実力で選ぶか、それをどうしようかと思っている」と満足そうな印象。次に、この写真『ひとつぼ展』出身者でもある小林さんが「今回はじめて審査をしたが、ポートフォリオのほうが良い人がいたし、展示のほうが良い人もいた」と初審査の感想を述べる。続いて宮本さんが「展示はうまいな、という人がいたが、圧倒的な人はいないという印象だった。グランプリを決めるのは難しいと思う」と悩んでいる様子。飯沢さんが「今後の可能性と今持っている力で選んでいきたい」と発言。そして最後に「この『ひとつぼ展』の審査は毎回違う審査員だから、それでかなりふれるんだよね。でも、それもまたおもしろいと思う」と大迫さんが『ひとつぼ展』のユニークな点をあげた。
「展示の印象が強過ぎて写真が薄まった」「被写体を発見した面白さがある」
ここで、出品者一人ひとりについて意見交換が行われた。プレゼンテーション順に、まずは細倉さんの作品について。「ちょっとわかりにくい写真だった」と小林さんが言えば、「技術的にはしっかりしている人。何を撮りたいのかがよくわからなかった」と宮本さんも同じような意見。すると後藤さんが「私は細倉さんをグランプリに推したい。あきらかに力があると思う。
表現にあいまいな部分もあって、将来性が感じられる点も魅力」と早すぎる結論を披露すると、飯沢さんも「何かを持っている人だ。可能性を感じる」と続ける。次に、南口さんの作品について。宮本さんが「単調な展示が残念だった。5日間で撮った作品は評価するが」と展示に触れると「ポートフォリオの面白さが展示に出ていなかった」と飯沢さんも同意見。「彼の写真には被
写体に対してのやさしい視線を感じる。その視線を徹底してほしかった」とは後藤さん。大迫さんも「もっと見たこともない表現を期待していた」と残念がる。続いて北山さんの作品について。後藤さんが「ポートフォリオでは疑問だったが展示を見て好印象を持った」と言えば、飯沢さんが「構図や写真はいいと思うが、タイトルが変。プレゼンを聞く限りではLOSTではなく、FINDなのでは」とタイトルに注文をつける。「プリントも非常に美しい。ただ、アルバムを撮った写真は本当に必要なのか」とは宮本さん。小林さんは「ストーリー性を感じる。この続編も見てみたい作品」と評価。そして小山さんの作品について。「ポートフォリオの膨大な量が魅力だった。人を撮ったりしないで、このまま進んでほしい」と小林さん。「一つ一つの写真にこ
だわりはないけど、全体を見ると何かがある。これを極めてほしい」と後藤さんの意見も同じ。「全部が東京で撮った写真というのは新鮮だった」と宮本さん。増田さんの写真については、「対象に対する思い入れがないのが新鮮」と後藤さんが意見を言えば、宮本さんも「確かにヒューマニズムはない写真。でも、面白い写真」。飯沢さんは「この写真はそう面白いとは思わない。これは彼の世界の一部だと思う」と逆の意見。ここで、審査員の一人である後藤さんが急な仕事のため途中で退席することになり、残りの出品者の印象をまとめて語ることに。まず、助田さんの作品には「面白い写真だと思う。モチーフの向こうにあるものをつかみたいという視線もスケールの大きさを感じる」。次にモモセさんの作品には「大きな、ゆるやかに流れる川のような写真だと思う。好感が持てる」。続いて渡辺さんの作品には「撮るという行為を徹底してやっていってほしい。可能性を感じる」。そして木下さんの作品には「展示作品とポートフォリオの作品とは違う印象を受けた」。最後に宇津さんの作品には「選んで良かった。展示を見て会ってプレゼンを聞いて評価が高まった」と全員の感想を述べた後、後藤さんは3人を選び(後に記載)、会場を後にする。残った4人の審査員による意見交換の続きは、助田さんの作品から。「畳の展示の印象が強過ぎて写真が薄まってしまった」と宮本さん。飯沢さんは「写真も良かったし、何より可能性を感じる」との意見。「畳を展示して、ポートフォリオを作る作業を再現したという考えが面白い。好きな写真」と大迫さん。モモセさんの作品について。宮本さんが「生命を感じさせてくれる写真で、共感が持てる」と褒めれば、「作品の意図が伝わってきた。このまま撮り続けてほしい」と小林さんも好印象。続いて渡辺さんの作品について。「被写体を発見した面白さがある。
こういうのが写真という表現の基本形」と飯沢さん。宮本さんが「やっぱりキワモノ感は否めない。しかし、撮ることを考えさせる写真でもある」と頭をかしげると、小林さんが「僕はわりと好きな写真」と言い、大迫さんは「このネタでなくても良い写真を撮る人だと思う」とモチーフ論から離れた意見。木下さんの作品について。「一番気になる写真。何か不思議な感じ」と小林さん。「撮りたいものと撮った写真が違うのでは」とは大迫さん。最後にうつさんの作品について。小林さんが「展示を見てさらに見たくなった。撮りたいものがストレートに伝わってきた」と共感すれば、宮本さんも「展示も額も計算し工夫している。力のある人だ」と認める。
「困ったなー」「それではパーティ会場で」
全員に対する意見交換が終わったところで、各審査委員が上位3名を選んで発表した。後藤さんのぶんと合わせて結果は以下の通り。
後藤/細倉 うつ 北山
飯沢/渡辺 細倉 木下
小林/北山 宇津 モモセ
宮本/助田 モモセ 増田
大迫/渡辺 助田 増田
これを集計すると、
細倉/2票 北山/2票 増田/2票 助田/2票 モモセ/2票 渡辺/2票 うつ/2票 木下/1票
2票で7人が並び、1票が1人という結果に「これまでで一番、票が割れたんじゃないの? まあ、それだけ今回は横一線だったということかな」と大迫さんが言い、「では、1位、2位の順位をつけて絞り込みましょう」と進行する。後藤さんの順位も反映した結果は、
_ 1位 2位 3位
後藤/細倉 うつ (北山)
飯沢/渡辺 細倉 (木下)
小林/北山 うつ (モモセ)
宮本/助田 モモセ (増田)
大迫/渡辺 助田 (増田)
1位、2位を集計すると、
細倉/2票 助田/2票 渡辺/2票 うつ/2票 北山/1票 モモセ/1票
グランプリ候補は細倉さん、助田さん、渡辺さん、うつさんの4人に絞られる。ここで各審査員に意見を言ってもらうことになった。助田さんを強く推す宮本さんが「渡辺さんの写真にはあまり魅力を感じない。どんな意味があるのか疑問」と表現の意味を問いかける。すかさず渡辺さんを1番に推す飯沢さんが「彼の作品は批評性のある写真」と真っ向対立。ここで大迫さんも渡辺さんを1番に推す。どちらにも票を入れていない小林さんは「1年後の展示を見たいのは助田さん」と助田さん派について、渡辺さんと助田さんが2票を獲得し、いよいよこの2人に絞られた。大迫さんが「では、この2人で決戦議論をしましょう」と言えば、飯沢さんが「この2人から選ぶ基準は何だろう」と言い、一同「うーん」「困ったなー」と議論は続かない。渡辺さんと助田さんの票が割れたまま議論は平行線をたどり、審査員一同悩む。悩み抜いた末に、やはり4人では結論が出ないということで、退席した後藤さんに電話をかけることになったが、なかなか連絡がとれない。そこで、大迫さんが「このまま渡辺さんと助田さんを保留にして審査を終え、パーティに移行しましょう。その間に後藤さんからの電話を待って、結果はパーティー会場で発表ということでどうだろう?」と提案。他の3人の審査員も賛同し、一旦審査は中断される。記念写真を撮影して全員がパーティ会場へと移る際に出品者に話を聞いた。まず、決戦の2人に残った助田さんは「パーティでいっぱい食べようと思っていたがそんな気分ではなくなりましたね」と落ち付かない様子。一方の渡辺さんは「ドキドキしています。ここまで来たら、ぜひ獲りたいですね」と意欲満々。そして、審査員の後藤さんがグランプリ候補に名指ししていた細倉さんは「1番に推していてくれた後藤さんが途中でいなくなって残念。これも運なんですかね」と釈然としない様子。そして、グランプリ決定が持ち越されたままオープニングパーティが始まった。
「可能性のある人を選びたい」「まわりの人に感謝したい」
パーティも半ば、大迫さんが「後藤さんと連絡がとれました」と会場にあふれる人の注目を集める。いよいよグランプリの発表。「後藤さんは可能性のある人を選びたいということで、助田さんに1票を投じました。第25回写真『ひとつぼ展』のグランプリは助田さんに決定」と高らかに宣言。ワッと会場がどよめき、拍手が沸き起こる。グランプリ受賞の助田さんが「うれし
いです。しかし、自分一人の力だとは思っていません。まわりの人に感謝しながら、これからも精一杯がんばっていきたいです」と挨拶。『ひとつぼ展』史上初、審査会後のオープニングパーティ中にグランプリが決まるという結末で審査会は終了した。直後に渡辺さんにインタビューすると「自信はありましたが、今はがっかりしています。しかし、やり残したことはありま
せん」と落胆の表情。細倉さんは「素直に悔しいです。1年前と違って今回は自信があったのに」と諦めきれない。南口さんは「悔しい気持ちはないです。仕方ないですね」。北山さんは「自分の思った展示やプレゼンが出来ました。小林さんに1番に推されて励みになります」。小山さんは「くやしいです。プレゼンで気持ちが伝えられなかった」。増田さんは「完成度の高い作品
を普通に展示しようと思いました」。モモセさんは「ずいぶん褒められてうれしかったです。グランプリは難しいですね」。木下さんは「終始緊張していました。なかなか自分のイメージが伝わりづらかったですね」。うつさんは「曖昧なものを撮るのは嫌いです。女性の審査員がいたら、少しは結果が違ったかも」。そして、グランプリの助田さんは「決定後はみんなに感謝の気持ちが芽生えました。その後で、1年後に向けて闘争心が出てきました。この気持ちを来年の個展にぶつけようと思います」とインタビューしている間にも創作意欲が湧いてきているようだった。
<文中一部敬称略>